2009年3月 9日 (月)

スキーな日々(車)

昔、ユーミンが助手席歴30年と自慢していた。

Car_park 私も助手席歴は長い。その殆どがスキー場へと向う車だ。
学生時代は夜行列車だったが、社会人になってからは多くの人の車に便乗させてもらった。みんな、運転には自信のある人たちばかりで、安心して身を任せた。

が、そこは雪道、色々な事がありました。

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2009年3月 7日 (土)

スキーな日々(ブーツ)

私の足は幅が狭く甲が低い。

Foot 典型的な日本人の「甲高幅広」とは真逆で、靴選びが難しい。ヒールの高い靴だと足が前へ前へと滑り、指先が押される。ミュールなんてデザインによっては、全ての指が付け根からニョッキリ前に出て、ヒジョーに不恰好だ。なので、木型があったデザインを見つけたら、面倒なので色違いで2~3足の大人買い。

普段の靴でこうなのだから、スキーブーツ選びは難儀しますわ

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2008年9月13日 (土)

ストラディヴァリウス

私はストラディヴァリウスを所持している。価格は1億円・・んなワケがない。

ということで、再びスキーネタ。

Stradi_3  私のストラディヴァリウスはスキー板だ。去年20年ぶりくらいにmy ski として手に入れた。結婚直後に買ったYAMAHA flex Ladies 何とか・・があるにはあったが、ずぅ~~っと物置の奥にしまわれていた。仲間とスキーへ行ってた頃は車に積めば後はdoor to doorで持ち歩く必要もなかったが、独りスキーヤーになってからは電車移動になる為持ち運びが面倒でレンタルスキーを利用することが多くなった。若いうちは靴やウェアのバッグを片手に、スキーバッグを肩に駅の階段を上り下りできたが、今はさすがに辛い。大体、古い板やビンディングは重いのだ!(`ε´)

昔はレンタルスキーはそれ専門の、あまり聞いた事がない量産メーカーものが多かったが、最近はそこそこ名の知れた、場所によっては最新モデルを貸し出してくれるのでYAMAHAの出番はますますなくなってしまった。もう my ski を持つ必要もあるまいと、3年ほど前とうとうYAMAHAを捨てた。今思うと、YAMAHAもスキー板から撤退したことだし、20年前以上の板なら骨董的価値もあったかなぁ~とも思うが、まぁ中級者向けの量販板じゃそんな事もないか。

ところが、最新モデルのレンタルスキーを借り逃げする輩が出て来たのか、ここ数年殆どのレンタルスキーショップで借りる際に身分証明書の提出を求められるようになった。中には写真付きじゃないとダメという所も出てきて、免許証のない私はどうすりゃいいのよ!スキー場にパスポートというのもねぇ、ちょっと仰々しい。

それに加え年齢と共にスキー場での過ごし方も変わってきた。昔みたいにムリが利かない。昔たってわずか5年ほど前だが、20代の5年と40代後半の5年とでは雲泥の差だ。独りだととにかく滑るしかする事がないから、以前はとにかく1日中滑りまくっていた。滑りまくる事が出来た。が、この年になるとリフトで上がってとりあえず、モーニングコーヒー。午前のお茶を挟んでランチはゆっくり。もちろん午後の紅茶を忘れてはいけない。合間に雪が舞えば休憩とか、なんやかやで一休みとか・・。で、夕食の前にひとっ風呂浴びたいから、早めに上がる。まっ、ヘタレです。

しかし、レンタルスキーはみっちり滑ってもダラダラ滑っても、レンタル料は変わらない。当たり前だ。1日借りて実働時間僅か4時間じゃぁ、いかにももったいない。その他天候の急変でリフト動かず、でもレンタル料は帰らずという割に合わない事も度々あり、もう一度 my ski を持つかという気持ちになった時に現れたのが、このストラディヴァリウス。いや、現れたというより、付け入られたという方が正しい。

この板は個人輸入されている。ネームバリューがない上に宣伝もせず、そのくせやたら高いので売れるはずがない。当然在庫がだぶつき、何とか消化せねばならない状況に陥ってる中、my ski を探し始めた私は飛んで火に入る夏の虫だ。無名ではあるが、カービングスキーとしては最高の機能を備えているらしい。ハッキリ言って自己流でここまで来ている私とは、ご身分が違うレベルの板だ。いやぁ~、私なんぞに操作はムリ・・と尻込みしたが、この際だから是非と勧められ、でも高いしぃ~と言えばお安くします・・と来た。

買い物をする時は、コレ!と思うものが見つかるまで徹底的に探す私だが、衝動買いに近い形でこの板を手にした最大の理由は、そのデザイン。ストラディヴァリウスというだけあって、バイオリンのf字孔(∫)が描かれている。私の祖父はバイオリンを趣味としていた。その影響で母も少し習ったらしく、バイオリンの事はけっこう詳しい。バイオリンにまつわる昔話も良く聞かされた。お陰で私自身はピアノを弾いていたが、バイオリンの音色や姿形は嫌いではないし、親近感すら覚えてる。そんな所に、このデザインだ。しかもスキーに。何年か前、大手メーカーの女性用スキーに音符マークnoteがデザインされている板を見たことがあるが、f字孔は初めてだ。ふ~ん、いいんじゃない?

Stradi3_2 で、晴れてmy ski 保持者となった。が、買ってみて気付いたのだがf字孔が同じ向きなので、板を並べてもバイオリンのように対称にならない。板を立てたらバイオリン風に見えると想像していたので、ちょっとガッカリ。と、思ってたらなんと裏にもf字孔が描かれており、こちらは左右対称となっているので並べると、ほ~らバイオイン・・というこ事を、購入して2シーズン滑った後の今日、初めて知った。ノンキなもんだ。よし、今シーズンは裏を見せて立ててみよう。

しかし、『ストラディヴァリウス』の高価感とカービングスキーとしての機能性の良さの両方を分かる人でないと、この板は売れないだろうなぁ。なんせ無名なくせに高いもん。他に勧められた人も居るのだが、バイオリンの世界を知らない人にとっては、「スト何とかって名前」くらいにしか覚えてないし、ましてやその「スト何とか」がなんでそんなに高いの?と不思議に思うだけのようだ。

ここまで読んでこの板に興味を持った方、詳しくはコチラまで→と書きたい所だが、残念ながら日本のHPは閉鎖されている。検索しても唯一スキーとして出てくるのは、どこかのカービングスキー専門の通販屋さんだけだ。もっと知りたいという方は本家のHPをどーぞ。但し、全編イタ~リアンなので、イタリア語が分からない人はカンで読んで下さい。

stradivarius ski → http://www.stradivarius-ski.com

どうしても欲しいという奇特な方、とりあえずコメント下さい。購入のヒントくらいはお教え出来るでしょう。

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2008年9月 7日 (日)

スキーな日々(2)

Couese2_2 そもそも、私はなぜスキーだけは飽きずに続けられるのか。それを考えていたら夏になってしまった・・というのはウソ。お家の事情でと~っても忙しかっただけです。答えは単純明快。

高い所が好きだから。

これはスキーだけじゃなく、私はなぜ山に登るのかの答えでもある。

小さい頃から木登り、塀歩き、屋根の上での昼寝と高い所を目指していた。やはり目線が高くなると色々見えて楽しかったのだろう。そして木登りは上がるのは簡単だけど降りるのはけっこう恐い・・という実体験が、今の山歩きの中でも活かされている。ただ、高い所が好きではあるけれど、まったく平気というわけではない。スキーリフトから覗き込む谷底の深さに、腰がゾクゾクすることもある。最近は大きな谷を超える場合、ゴンドラをかけてる所が多いが、以前はふつーにシングルリフトで長い谷を越える事もあった。

記憶にあるのは、志賀横手山。熊の湯から上がる時も30年前は郷愁のシングルリフトだ。しかも板を脱いで板とストックの両方を抱えて乗らなければならない。乗り場を出ればすぐに下は深い谷。一度リフトに腰掛けたもののどうも座り具合が悪く、このままでは手から板が滑り落ちるか、もっと悪ければ人間ごと落ちそうだったので、リフトが乗り場を離れる寸前にとりあえず飛び降りた。係員が慌てて駆け寄って来たが、谷の途中で落ちるよりましってものだ。

中間地点辺りで下を見れば、吸い込まれそうな深い谷。高い所が好きな私でも腰の辺りがゾクっとする。が、その一方で飛び降りてみたい衝動にも駆られる。一応ネットも張ってあるが人間一人受け止められるかどうか、不安になるような代物だ。飛んでみたいという気持ちと、落ちたら死ぬな・・という思いが胸の内でせめぎ合う。これが谷を渡るリフトの醍醐味。ゴンドラで囲われてしまっては味わえない感覚だ。

そして、もう一つの理由が

独りで出来るスポーツだから。

これは30年近く前にカレが何気なく言った言葉だ。その時はふ~んと聞き流していたが、知らないうちに深くインプットされていた。

あるグループで苗場に行った時。6人ぐらいのグループで知ってる顔は2名しかいない。後は初対面で、その初対面の男性1人となぜか二人きりで滑る事になった。そこまでは良いのだがこれが文句ばかりいうオトコで、「どのコースを滑りましょうか」と人に決めさせるくせに、滑り終わるとツマラナイだの、人が多いだの文句ばかり。だったら自分で決めい!いい加減腹立ってた時に、また同じことをヌカスので思わず、「スキーは独りでも出来ますから、お互い好きなコースを滑りましょう」と言い捨てて、さっさと降りてしまった。

Roten まっ、大人気なくキレた訳だが、その罰が当たったのかその後名物大斜面で転倒し、3月の湿った雪に板をとられ膝の靭帯を思いっきり捻った。みるまに腫れ上がり病院に行くと、「パンツのゴムが伸びきった状態。切れた方が良かった」等と言われ、挙句に「次に同じことをしたら、一生足を引きずる」と脅された。でも、まだ滑ってます、ハイ。

バブルも弾けスキーブームも去り、年を経てからはスキーの相手をしてくれる者も居なくなったが、独りで出来るお陰で細々とでも続けていられる。最近は年相応に、温泉もマストアイテムになってきた。スキー場の温泉宿はかつて独りスキーヤーには甚だしく冷たい対応をとっていたが、スキー冷えの昨今そうも行かないとようやく気付いたか、お一人様歓迎を打ち出してきた所も多い。遅きに失するとは思うが、せっかくだからせいぜい活用させてもらって、私のスキーな日々はこれからも続く。

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2008年3月20日 (木)

スキーな日々(1)

Lift 初めてスキーをしたのは、大学1年の時。学内のスキーサークルが仕立てたスキーバスに友達に誘われて参加したのがきっかけだ。行き先は、志賀丸池。初日は転んでは立ち上がるの練習ばかり。で、翌日はリフトに乗ると言われ、前夜はリフトから滑り落ちる夢を見るぐらい、緊張で心臓バクバクだった。まぁ、初々しい。サークルのメンバーの中にロッテの御曹司が居て、持ち込んだ大量の菓子類がすべてロッテ製だったのが記憶に残っている。初めてのスキーで、まだ山のものとも海のものとも分からないのに、何故か板から靴からウェアまで全部揃えてしまった。

せっかく買った道具を使わないのはもったいないので、翌年はスキー暦ん十年という従兄弟に連れて行ってもらった。行き先は、志賀法坂。今のサンバレーだ。同じくスキーを始めて2年目という友人も一緒だった。従兄弟は、せっかくだからあちこちのゲレンデに行ってみようと、リフトを乗り継いで奥へ奥へと上がる。だが途中、当時日本三大カベの一つと言われたジャイアント・コースを横切らないといけない。今思うとコースの下3分の1程度の、もうあまり斜度もコブもない辺りなのだが、2年目の私達には恐怖の斜面だ。横滑りしてはキックターンを繰り返して、何とか下りた。

その日の夜、実は・・と従兄弟が教えてくれたのは、私達が滑る前の日、このジャイアントで死亡事故があったのだという。リフトの支柱脇に立ってたスキーヤーに別のスキーヤーがぶつかり、立ってたスキーヤーが支柱にぶつかったかなんかで死亡したらしい。私達が恐がるといけないので話さなかったと聞かされた。そして、後年、この事故が会社の同期が在籍していたスキーサークル内の事故であった事が判明した。同期曰く、サークル内ではタブーの話らしい。

そして次の年、大学の体育の授業で、毎週の講義に出て4単位か、半期の講義+1回のスキー講習会で4単位かの選択があり、一も二もなく後者を選ぶ。行き先は、志賀熊の湯。どこをどう滑ったかはすっかり忘れたが、スキー場をはしごして講習会に合流した友人が、たばこをカートンで持ち歩いてるのに感心した。気に入った銘柄がスキー場では手に入らないからと言うが、女ながらアッパレな心構えだ。

この年は前年の夏休みに知り合った友人が仕立てた、別の大学のスキーバスにも1人で便乗した。行き先は、戸隠。知り合いはこの友人しか居なかったが、特に気にもしなかった。主催者として友人は忙しくあまり相手にしてもらえなかったが、どうせスキーだ。独りでもいくらでも滑れる。友人は地元出身で自分のお気に入りの喫茶店に連れて行ってくれた。ゲレンデから少し離れた所にあるこの喫茶店では、特製レアチーズケーキとオレンジジュースを一緒に注文しないように・・とのお触れがある。どちらもフレッシュだから、胃の中でチーズがオレンジの酸味で固まってしまうという理由だ。ホンマか?でも、確かにチーズケーキは濃厚で美味しかった。

これ以降、もういつどこへ行ったか分からない程行っている。会社勤めになると、ゴルフかテニスかスキーのどれかをしてないと人間じゃない・・というギョーカイのお約束で、球技の苦手な私はますますスキーにはまる。会社のスキー好きが集まって毎年バスで行く白馬岩岳は、ギョーカイでも有名な地獄のツアーだ。

終業後、会社に横付けしたバスに乗り込んだ時から地獄は始まる。車内に回る缶ビールに一升瓶。ビデオモニターには何故か「おしん」が流れ、何だか分からないゲームが始まって嬌声が上がり、なかなか眠れぬまま早朝岩岳に到着。2時間ほどの仮眠の後リフトが動き出したらゲレンデに出て、昼まで休みなしに滑る。あれ、朝食はどうしたっけ? あらたまって食べた記憶はない。昼食後はまた休憩なしで夕方まで滑り、宿の夕食時間に合わせてようやく上がる。

夕食後はナイターに突入。ナイター終了後は宿に戻り宴会が始まる。目玉は名物一升瓶ロシアンルーレット。皆で円陣を組み、その中心に一升瓶を倒してぐるぐる回す。止まった時に口が向いた人が一気飲みをしなければならない。当然中身が減ってくるが、なくなったらお終いとはいかず、その辺にあるウィスキー等を混ぜるので、一升瓶の中はチャンポン状態。まさに「混ぜたらキケン!」 その内酔っ払って窓から外にジャンプする者あり(一応1階です)、ぐでぐでになって延びる者あり、円陣がバラけて来る。

じゃ、これでお開きとなるかと思えばさにあらず。お腹が空いたからと、12時近くなって近所のジンギスカン屋に全員で行くことになる。もちろん延びてる者も数人で抱えて連れて行く。そろそろ閉店しようかと思っている店には大迷惑なのだが、延びてる人間を横に転がしておいて1時間ほど飲み食いしたら、また延びてる人間を抱えて宿に戻る。いい加減怒った宿の主が玄関に鍵をかけてしまい入れない時は、最初から宴会に参加してない人が寝ていると思しき部屋の窓に雪玉をぶつけて起こし、中から開けてもらう。そんなこんなで宴会組がベッドに入るのは、2時くらいだろうか。

Course しかし、翌朝はしっかり7時に起きて朝食をとったらゲレンデに飛び出し、再び休みのないスキーの1日が始まる。そんな岩岳の日々を過ごした帰りのバスの中、全員疲れて爆睡かと思いきや、往きと同じテンションで東京まで戻って来る。毎年、取引先のスキー好きの方をお誘いするのだが、東京で解散の際はたいてい「来年はもうけっこうです」と断られる。

この他にも友人と行ったりして、ある年の手帳を見るとほぼ毎週末どこかのスキー場に出没していて、自分でも驚く。だが、いわゆるスキー教室に入った事はたった1回、湯沢国際の半日レッスンのみだ。もっと真面目にスキーと向き合っている人から見ると、前述のようなスキー行はおふざけ以外の何物でもなく眉をひそめるかもしれない。しかし、私にはゲレンデが修行場と化し、何でもっと上手く滑れないのだろうと悔し涙にくれるような向上心は、残念ながらない。

そもそも、私はなぜスキーだけは飽きずに続けられるのか。答えは次回。

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