スキーな日々(車)
恐らく、助手席滞在時間が一番長いのは、元同僚のセリカだろう。家と道路の位置関係から車で遊びに行く時は、いつも彼の黒のセリカに乗せてもらった。そう、「わたしをスキーに連れてって」で、万座の空を飛んだあのセリカだ。ただ、彼の名誉のために言っておくが、あの映画のもっと前から乗っていたのであって、映画を見て買った
わけではない。オートマも普及していたが、彼のこだわりはあくまでマニュアル車。カーブが続く雪の坂道での細かいギアワークは、車を知らない私でさえ、あ~ん、アナタってスゴイ(はぁと)、、と感心したくらい。
が、彼とてレーサーではなく一般ピープル。アブナイ時もある。それは夜中に独りで志賀へ向かう時の事。湯田中からの坂道の途中でチェーンが切れてしまい、何度上がろうともがいてもズルズルと後退してしまう。深夜の凍結する路面に、「死ぬかと思ったぜ」な状況だったらしいが、細い針金で応急処置しだましだまし走って、何とか無事辿り着いたという。
苗場の帰りには、除雪されていない抜け道で見事90度のスピン。目の前でセリカが真横を向いた!この時同乗していたのは例のLANGEで泣いた元同僚だったが、後ろから見ていると、中で「ヒョエェ~!」と騒いでいるのが良く見えた。彼はどうだったかと言えば、「やっっべぇ~、回ってるよぉ」と思ったが、ここで下手に操作してはいけないとなすがままにしたとの事である。
木曜にLANGEの彼女と、「週末、どこか行きたいねぇ~」という話が出て、とりあえず苗プリを押さえてから、車を持っている友人(♂)に電話しまくる。「プリンス、押さえたんだけどさぁ~、苗場行かない?」って感じ。で、釣れた、アワワワ、、ご同意頂いた友人の車2台で金曜の夜には苗場へ向う。この場合、至急の案件だから車種は問わない。よって、車がフェアレディZでも、MGのオープントップでも文句は言いません。言わないけど、MGの幌トップで関越を走るのは、寒かった。
セリカの次に長いのは、元夫の運転するブルーバード、アテーサ。結婚当初は義父所有のセダンタイプであったが、その後住宅金融公庫を利用してアテーサを購入した。まっ、色々カラクリはあったのよ。で、このSSSアテーサにスタットレスを合わせれば最強だ。関越トンネルの手前にあるチェーン装着場で、チェーンを付けるべきかどうか迷ってた時、隣の全く知らない人に、「この車にスタットレスなら要らないでしょ」と言われ、「そうですよねぇ」とさっきまでの迷いは何のその、意気揚々と関越トンネルに飛び込んだ。人の意見を鵜呑みにしていたが、果たしてホントに大丈夫だったのかは、定かではない。
元夫はチェーンスモーカーであり、運転中もタバコが手放せない。だが、私は煙が苦手。家の中なら別の部屋に逃げられるが、密室の車じゃぁ逃げ場所がない。窓を少し開けてはくれるが、何せ冬場のこと、全開というわけにはいかない。煙が流れてくると、なるべく吸わないように無意識に息を止めてしまう。そんな状態でカーブが続くと気分が悪くなり、大体途中で車を停めさせた。特に万座への道は小刻みなカーブが多く、気分の悪さもカーブの数に比例する。みるみる青白くなる私の顔色を見て、そんなに自分の運転は下手なのか・・と密かに悩んでたらしい。「タバコを止めて」の一言が言えなかった、若かりし頃のウブなわ・た・し。
このアテーサは、何度も登場するアノ後輩さんも運転したことがある。後輩さんは雪道運転に彼なりのこだわりがあった。まだ関越が全線開通してない頃で、苗場からの帰り、渋滞の17号線を途中で離れ、赤城山へ迂回する。前橋の交差点の手前辺りで合流するのだが、板を積んでいる前の車を苗場帰りと踏み、信号待ちでわざわざ車を降りて何時に出たか聞きに行く。私たちの1時間くらい前に出発したという答えに、赤城山ルートは間違いはなかったと、いたくご満悦であった。
そう言えば、去年谷川から法師温泉へ行く途中、何十年ぶりかで猿ヶ京温泉を通った。こ
の近くにある、猿ヶ京ドライブイン(確か看板にそう書いてあったような)は苗場へ足繁く通っていた頃からずぅ~っと閉鎖されていたが、いまだに閉鎖中であった。なにより、30年近くも建物が朽ち果てずに残っている事がオドロキ。いつか再開しようと再開しようと思いつつ、今に至ってるのだろうか。
どの車に乗ったとしても、私の一番のお気に入りは車ではなく、深夜の月夜野町であった。仕事が終わって東京を出ると、この辺りを通るのは大体11時~12時。深い闇の中、ライトが照らす先にぼんやりと「月夜野」の文字が浮かぶ。静まり返った町の夜空に月が煌々と輝き、月夜野という美しい地名そのままの風景が車窓にあった。ここまで来れば白銀とスピードのめくるめくsnow worldは目の前・・というワクワクした興奮を抱きながら、月夜野の町を走り抜ける、あの瞬間が好きだった。
関越全線開通でもう月夜野町を通ることはない。2005年の町村合併で「月夜野」の地名も消えてしまった。が、あの凛とした月明かりが美しい月夜野の夜は、忘れられない。
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